13章 鶏(ニワトリ)

 

13.1 万葉集 199・382・1413・1800・1807・2201・2800

 

ニワトリは、古事記では、長鳴鳥と呼ばれています。須佐の男の命(すさのうのみこと)のいたづらがひどいので、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に隠れて真っ暗な夜になってしまったとき、天照大神を岩戸がら出すために、まず最初に長鳴鳥を集めて鳴かせたとしています。もう古事記の時点で、ニワトリは、朝に鳴く鳥ということになっています。この朝に鳴く鳥は、朝明るくなる東の空に関連づけられて、東に対する枕ことばとして使われるようになります。ニワトリは朝鳴く鳥から転じて、無秩序な暗い夜を秩序のある世界に変える鳥という意味があるようです。伊勢神宮の式年遷宮の行事の最初は、宮司によるニワトリの鳴き声「カケコー」から始まるようです。

次に多いニワトリを歌う部分は、「鳴く」ということが歌われています。最後に一つだけユニークな歌い方はニワトリの尾は、「垂り尾で乱れ尾だ」と歌っています。作者は不明ですが良く観察した結果と言えます。観察眼があると思われる家持の歌でも「鳴いた」とか「東に対する枕ことば」ということで、ユニークさがありません。

万葉の時代ニワトリは「カケ」と呼ばれていたそうでうが、この名前はニワトリの鳴き声から来ています。ニワトリの鳴き声が「コケコッコー」になったのは、明治からで国語の教科書によって普及したといわれています。その前は「カケロ」と言われていたようです。世界の国々には、その国のニワトリの鳴き声があるようです。英語では cock-a-doodle-doo (クックドゥードゥルドゥー)だそうです。

ニワトリには、たまごや肉ということで、人間の食料としての一面がありますが、そのよう面からの歌は一つもありません。食べることを歌にしないということではなかったとは思いますが。

 

13.1 万葉集

第2巻199

   かけまくも ゆゆしきかも [ゆゆしけれども] かけまくも ゆゆしきかも [ゆゆしけれども]
2   言はまくも あやに畏き           
いはまくも あやにかしこき
3   明日香の 真神の原に            
あすかの まかみのはらに
4   ひさかたの 天つ御門を           
ひさかたの あまつみかどを
5   畏くも 定めたまひて            
かしこくも さだめたまひて
6   神さぶと 磐隠ります            
かむさぶと いはがくります
7   やすみしし 我が大君の           
やすみしし わがおほきみの
8   きこしめす 背面の国の           
きこしめす そとものくにの
9   真木立つ 不破山超えて           
まきたつ ふはやまこえて
10  高麗剣 和射見が原の            
こまつるぎ わざみがはらの
11  仮宮に 天降りいまして           
かりみやに あもりいまして
12  天の下 治めたまひ [掃ひたまひて]     
あめのした をさめたまひ [はらひたまひて]
13  食す国を 定めたまふと           
をすくにを さだめたまふと
14  鶏が鳴く 東の国の             
とりがなく あづまのくにの
15  御いくさを 召したまひて          
みいくさを めしたまひて
16  ちはやぶる 人を和せと           
ちはやぶる ひとをやはせと
17  奉ろはぬ 国を治めと [掃へと]       まつろはぬ くにををさめと [はらへと
] 
18  皇子ながら 任したまへば          
みこながら よさしたまへば
19  大御身に 大刀取り佩かし          
おほみみに たちとりはかし
20  大御手に 弓取り持たし           
おほみてに ゆみとりもたし
21  御軍士を 率ひたまひ            
みいくさを あどもひたまひ
22  整ふる 鼓の音は              
ととのふる つづみのおとは
23  雷の 声と聞くまで             
いかづちの こゑときくまで
24  吹き鳴せる 小角の音も [笛の音は]     ふきなせる くだのおとも [ふえのおと
]
25  敵見たる 虎か吼ゆると           
あたみたる とらかほゆると 
26  諸人の おびゆるまでに [聞き惑ふまで]   
もろひとの おびゆるまでに [ききまどふまで]
27  ささげたる 幡の靡きは           
ささげたる はたのなびきは
28  冬こもり 春さり来れば           
ふゆこもり はるさりくれば
29  野ごとに つきてある火の          のごとに つきてあるひの
    [冬こもり 春野焼く火の]          [
ふゆこもり はるのやくひの]
30  風の共 靡くがごとく            
かぜのむた なびくがごとく
31  取り持てる 弓弭の騒き           
とりもてる ゆはずのさわき
32  み雪降る 冬の林に [木綿の林]       みゆきふる ふゆのはやしに [ゆふのはやし
]
33  つむじかも い巻き渡ると          
つむじかも いまきわたると
34  思ふまで 聞きの畏く [諸人の 見惑ふまでに]おもふまで ききのかしこく[もろひとの みまどふまでに
]
35  引き放つ 矢の繁けく            
ひきはなつ やのしげけく
36  大雪の 乱れて来れ [霰なす そちより来れば]おほゆきの みだれてきたれ [あられなす そちよりくれば
]
37  まつろはず 立ち向ひしも          
まつろはず たちむかひしも
38  露霜の 消なば消ぬべく           つゆしもの けなばけぬべく
    [朝霜の 消なば消とふに]          [
あさしもの けなばけとふに]
39  行く鳥の 争ふはしに            ゆくとりの あらそふはしに
    [うつせみと 争ふはしに]          [
うつせみと あらそふはしに]
40  渡会の 斎きの宮ゆ             
わたらひの いつきのみやゆ
41  神風に い吹き惑はし            
かむかぜに いふきまとはし
42  天雲を 日の目も見せず           
あまくもを ひのめもみせず
43  常闇に 覆ひ賜ひて             
とこやみに おほひたまひて
44  定めてし 瑞穂の国を            
さだめてし みづほのくにを
45  神ながら 太敷きまして           
かむながら ふとしきまして
46  やすみしし 我が大君の           
やすみしし わがおほきみの
47  天の下 申したまへば            
あめのした まをしたまへば
48  万代に しかしもあらむと [かくしもあらむと]
よろづよに しかしもあらむと [かくしもあらむと]
49  木綿花の 栄ゆる時に            
ゆふばなの さかゆるときに
50  我が大君 皇子の御門を           
わがおほきみ みこのみかどを
    [刺す竹の 皇子の御門を]          [さすたけの みこのみかどを]

51  神宮に 装ひまつりて            
かむみやに よそひまつりて
52  使はしし 御門の人も            
つかはしし みかどのひとも
53  白栲の 麻衣着て              
しろたへの あさごろもきて
54  埴安の 御門の原に             
はにやすの みかどのはらに
55  あかねさす 日のことごと          
あかねさす ひのことごと
56  獣じもの い匍ひ伏しつつ          
ししじもの いはひふしつつ
57  ぬばたまの 夕になれば           
ぬばたまの ゆふへになれば
58  大殿を 振り放け見つつ           
おほとのを ふりさけみつつ
59  鶉なす い匍ひ廻り             
うづらなす いはひもとほり
60  侍へど 侍ひえねば             
さもらへど さもらひえねば
61  春鳥の さまよひぬれば           
はるとりの さまよひぬれば
62  嘆きも いまだ過ぎぬに           
なげきも いまだすぎぬに
63  思ひも いまだ尽きねば           
おもひも いまだつきねば
64  言さへく 百済の原ゆ            
ことさへく くだらのはらゆ
65  神葬り 葬りいまして            
かみはぶり はぶりいまして
66  あさもよし 城上の宮を           
あさもよし きのへのみやを
67  常宮と 高く奉りて             
とこみやと たかくまつりて
68  神ながら 鎮まりましぬ           
かむながら しづまりましぬ
69  しかれども 我が大君の           
しかれども わがおほきみの
70  万代と 思ほしめして            
よろづよと おもほしめして
71  作らしし 香具山の宮            
つくらしし かぐやまのみや
72  万代に ぎむと思へや            
よろづよに すぎむとおもへや
73  天のごと 振り放け見つつ          
あめのごと ふりさけみつつ
74  玉たすき 懸けて偲はむ 畏くあれども    
たまたすき かけてしのはむ かしこかれども
注. []内は別の読み

意味: 

   言葉に出して言うことも おそれ多い
2   口に出して言うも 言い表しようがなく恐れ多い
3   明日香の 真神の原()に
4   永久に確かな 御所を

5   申すも恐れ多くも お定めになり
6   神々(こうごう)しく 神としてお隠れ(亡くなり)ました
7   国の隅々までお治めになっている 我が大君(天皇)の
8   お治めに 従わない国の

9   常緑の針葉樹の立つ 不破山(関ヶ原近く?)を超えて

10  環(わ)付きの高麗風の剣の 和(わ)射見が原(関ケ原のこと)の     (わ)の掛かり言葉
11  仮宮(関ヶ原近くにあった)に 天武天皇が天から降りて
12  日本全国を 治めました
13  統治する国を お定めになると
14  ニワトリが鳴く 東の国(静岡、関東甲信)の
15  兵士たちを 呼び寄せて
16  乱暴な激しい 人を同調させ
17  同調しない 国を治めるために
18  皇子(高市皇子)であったけれども お任せになれば        
19  おからだに 大刀取って腰に付け
20  お手に 弓取り
21  皇軍を 引き連れなさった
22  整然とした 太鼓の音は               
23  雷の 音のように
24  吹き鳴らす 角笛の音も
25  敵を見た 虎か吠えるように
26  たくさんの人が 脅えるまでに [聞き惑ふまでに] 
27  両手で高く捧げた 旗のなびきは
28  冬が終わり 春がやって来れば
29  野ごとに 燃える火が [冬が終わって 春野を焼く火が]
30  風とともに 靡(なび)くようだ
31  弓の両端の 弓弭(ゆみはず、玄をかける部分)の音
32  み雪降る 冬の林に [幣(ぬさ、神事で神主がお祓いに使うもの)を並べたような林]
33  旋風らしきものが 激しく巻き渡る
34  心配で 身を固くして聞いていると [多くの人がの 途方に暮れるまでに] 
35  引き放つ 矢が激しい
36  大雪が 乱れ来た [霰(あられ)のようなものが そちらから来るので] 
37  負けずに 立ち向かった

38  露が凍って霜のようになり 消るならば消えてしまえと  [朝霜が 消えるならば消えてしまえと]
39  行く鳥が 争って戦った後で  [命の限り 戦った後に]

40  渡会(伊勢市)の 斎宮から起こった
41  神風が 激しく吹いて敵を惑わし
42  天雲が 日の光を遮って
43  永久の闇に 覆ってしまった
44  間違いなく 瑞穂の国を
45  神そのものとして 居を定めてりっぱに統治し
46  国の隅々までお治めになっている 我が天皇の
47  この世の中 申し上げれば
48  永遠に このようであるだろうと
49  木綿(ゆう)花(幣が花のように見える)の 咲栄える時に
50  我が天皇と 皇子の宮を  [竹が勢いよく生長するような 皇子の御所の門を]
51  神宮として 立派にまつり立て
52  お使いになる 宮の人も   
53  白い布の 麻衣を着て
54  埴安(香具山の西側)の 宮の原に
55  茜色に鮮やかに照り映える 日々の諸事
56  膝(ひざ)を折り 体を低く伏して
57  黒いぬばたまの実のような 日暮れどきに
58  
御殿を ふり仰ぎ望み見ながら
59  鶉(ウズラ)のように ゆっくり這い廻り
60  お仕え申し上げたが お仕いできなくなれば
61  春の鳥が さまよえる
62  ため息も いまだに過ぎず
63  つらい気持ちも いまだ尽きず
64  言葉の通じない外国人のいる 百済の原(香久山と明日香の間にあった)で
65  神葬で 葬って
66  麻裳の産地の 城上の宮(高市皇子の殯(もがり)の宮があった)を
67  常宮(墓所)として 高く奉てまつる
68  
神そのものとして 穏やかになり
69  しかしながら 我が皇子の
70  限りなく長い年月を お思い
71  作らせた 香具山の宮
72  長い年月が 過ぎるだろう
73  天を はるか遠く望み見る
74  美しいたすきを 心にかけてお慕いしよう 恐れ多くも


作者: 
柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそんひとまろ)この歌には、「高市皇子尊の城上(きのへ)の殯宮(あらきのみや)の時に柿本朝臣人麻呂の作れる歌」すなわち、高市の皇子がなくなって、もがりの宮に葬るときの歌(挽歌)である。高市皇子は、天武天皇の長男である。天武天皇の皇后の子でなかったために次代の天皇の候補にはなれなかったが、壬申の乱の勃発時に住んでいた敵の大津京から脱出して、現在の関ヶ原近くで全権をゆだねられて壬申の乱の勝利のために活躍した。この戦いの様子が見たままに表現されている。この歌は、高市皇子の死に当たってその戦いのことを称え、葬送の列がもがりの宮に向かう様子を歌ったものである。壬申の乱は古代史の中でもクライマックスの部分です。あらきの宮ともがりの宮は同じ意味ですが、天皇など死後1年程度死者の死体を保管する宮で万葉集では、あらきの宮と呼ばれている。

なお、高市の皇子の子供が長屋王であり、皇室の政治勢力として活躍したが、藤原不比等の子(藤原4兄弟)による謀反の陰謀(長屋王の変)で自殺に追い込まれた。


この歌の59行目では、ウズラが歌われているので、11章で199番として同じ歌が取り上げられている。よって、解説の内容は11章で199番と一部共通の内容が含まれている。

この歌の14行目では、「鶏が鳴く 東の国の」として鶏(ニワトリ)が歌われているが、「鶏が鳴く」は、「東の国」の枕こ
とばになっている。


この歌は、万葉集の中で最も長い歌です。ひらがな読みで文字数は変則的な部分を無視して約895文字になります。2番目に長い歌は第16巻の3791で文字数は読みが不明な部分や変則な部分があり正確ではありませんが、約679文字です。これに比較しても199番は長い歌であると言えます。情景や情感のこもった良い歌です。

第3巻382

1   鶏が鳴く 東の国に           とりがなく あづまのくにに
2   高山は さはにあれども         たかやまは さはにあれども
3   二神の 貴き山の            ふたかみの たふときやまの                      
4   並み立ちの 見が欲し山と        なみたちの みがほしやまと
5   神世より 人の言ひ継ぎ         かむよより ひとのいひつぎ
6   国見する 筑波の山を          くにみする つくはのやまを
7   冬こもり 時じき時と          ふゆこもり ときじきときと
8   見ずて行かば まして恋しみ       みずていかば ましてこほしみ
9   雪消する 山道すらを なづみぞ我が来る ゆきげする やまみちすらを なづみぞわがける

意味:

1   鶏が鳴く 東の国に
2   高い山は たくさんあるが
3   二神の 貴き山
4   男体山と女体山が並び立つ 行って見たい山だと
5   神世より 人々が言い伝えて来た
6   国見ができる高い 筑波の山を
7   今は冬で その時期ではないけれど
8   見ないで行けば なおさら恋しくなるので
9   雪解けの 山道でさえも 一生懸命に私は登ってきました

作者: 

丹比真人國人(たぢひのまひとくにひと)この歌には、「筑波の岳に登りて丹比真人國人が作る歌一首併せて短歌」というタイトルが付いている。この歌でも最初に「鶏が鳴く」という東の国に対する枕ことばが使われている。歌では、筑波山が古来より憧れと信仰の山であったことが分かります。現代の人の気持ちにも通じるものがあります。

 

第7巻1413

庭つ鳥 鶏の垂り尾の 乱れ尾の 長き心も 思ほえぬかも

 

にはつとり かけのたりをの みだれをの ながきこころも おもほえぬかも

意味: 

庭の鳥の ニワトリの垂れた尾が 乱れ尾のようで 長くゆったりした心で 思うことはできません

作者: 

この歌の作者は不明です。「かけ」とはニワトリのことです。この歌は、挽歌という分類の中に書かれている歌ですので、大切な人の死をゆったりとした気持ちで思うことができないと歌っているのです。鳥の尾を使った気持ちの表現がユニークです。

 

第9巻1800

1   小垣内の 麻を引き干し           をかきつの あさをひきほし
2   妹なねが 作り着せけむ           
いもなねが つくりきせけむ
3   白栲の 紐をも解かず            
しろたへの ひもをもとかず
4   一重結ふ 帯を三重結ひ           
ひとへゆふ おびをみへゆひ
5   苦しきに 仕へ奉りて            
くるしきに つかへまつりて
6   今だにも 国に罷りて            
いまだにも くににまかりて
7   父母も 妻をも見むと            
ちちははも つまをもみむと
8   思ひつつ 行きけむ君は           
おもひつつ ゆきけむきみは
9   鶏が鳴く 東の国の             
とりがなく あづまのくにの
10  畏きや 神の御坂に             
かしこきや かみのみさかに
11  和妙の 衣寒らに              
にきたへの ころもさむらに
12  ぬばたまの 髪は乱れて           
ぬばたまの かみはみだれて
13  国問へど 国をも告らず           
くにとへど くにをものらず
14  家問へど 家をも言はず           
いへとへど いへをもいはず
15  ますらをの 行きのまにまに ここに臥やせる 
ますらをの ゆきのまにまに ここにこやせる

意味:

1   小さな屋敷の中で 麻を日に干し
2   愛する妻が 作って着せたのだろう
3   白い布で作った衣服の 紐も解かず

4   一重に結び 帯を三重に結ぶ
5   苦しいことに お仕え申し上げて
6   今ようやくにして 国に出向いて
7   父母にも 妻にも逢いたいと
8   思いながら 故郷へと道を辿った君は
9   鶏が鳴く 東の国の
10  恐ろしい 神の支配する足柄坂に
11  やわらな着物を 寒々と着て
12  黒々とした 髪は乱れて
13  国を問いても 国を告げず
14  家を聞いても 家を告げず
15  立派な男子が 旅の途中で ここに眠る

作者: 

この歌は、田辺福麻呂歌集に現れる歌という説明が付いています。田辺福麻呂の歌と考えられます。万葉集には、田辺福麻呂歌集に現れる歌(31首)と田辺福麻呂の歌(13首)があります。この歌には、「足柄の坂を過ぐるに、死人を見て作る」というタイトルが付いています。何等かの都合で、国に帰る途中で、足柄坂でなくなったのだろうと考えたようです。この歌でも鶏は、枕ことばとして使われています。東の国に鳥が鳴くというまくら言葉を付けるただけで、情景に立体感が出てくるような気がします。

 

第9巻1807

1   鶏が鳴く 東の国に         とりがなく あづまのくにに
2   古へに ありけることと       
いにしへに ありけることと
3   今までに 絶えず言ひける      
いままでに たえずいひける
4   勝鹿の 真間の手児名が       
かつしかの ままのてごなが
5   麻衣に 青衿着け          
あさぎぬに あをくびつけ
6   ひたさ麻を 裳には織り着て     
ひたさをを もにはおりきて
7   髪だにも 掻きは梳らず       
かみだにも かきはけづらず
8   沓をだに はかず行けども      
くつをだに はかずゆけども
9   錦綾の 中に包める         
にしきあやの なかにつつめる
10  斎ひ子も 妹にしかめや       
いはひこも いもにしかめや
11  望月の 足れる面わに        
もちづきの たれるおもわに
12  花のごと 笑みて立てれば      
はなのごと ゑみてたてれば
13  夏虫の 火に入るがごと       
なつむしの ひにいるがごと
14  港入りに 舟漕ぐごとく       
みなといりに ふねこぐごとく
15  行きかぐれ 人の言ふ時       
ゆきかぐれ ひとのいふとき
16  いくばくも 生けらじものを     
いくばくも いけらじものを
17  何すとか 身をたな知りて      
なにすとか みをたなしりて
18  波の音の 騒く港の         
なみのおとの さわくみなとの
19  奥城に 妹が臥やせる        
おくつきに いもがこやせる
20  遠き代に ありけることを      
とほきよに ありけることを
21  昨日しも 見けむがごとも 思ほゆる 
きのふしも みけむがごとも おもほゆるかも

意味:

1   鶏が鳴く 東の国に
2   遠い昔に 有ったことと
3   今までに 絶えず言い伝えて来た
4   葛飾の 真間(千葉県市川市真間町)に住んだという伝説の美しい少女が
5   麻の衣に 青い衿を付けた
6   ただの麻を 裳に織って着て

7   髪も 櫛でとかさない
8   沓(くつ)すらも はかず行っても

9   美しい立派な絹織物の 中に身を包んで
10  神としてあがめ祭る子も 少女に及ばない

11  満月のように 満ち満ちた顔で
12  花のように ほほえんで立てば

13  夏の虫が 火に入るように
14  港に入って 舟を漕ぐように

15  人々が集って 求婚するとき

16  いくらも 生きられないだろうものを

17  どうして 自分を十分わきまえることができるだろうか
18  波の音が 騒々しく聞こえる港の
19  神霊の集まる所に 少女が病気で臥せる

20  遠き時代に あったであろうことを
21  昨日にも 見たかのように 思われるよ

作者: 

高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ)この歌には、葛飾の真間娘子(ままのをとめ)を詠むというタイトルが付いている。真間娘子は葛飾(荒川が東京湾に交わる近辺)に住んでいた伝説的な美人である。この歌の後の1809番には、菟原処女(うなひをとめ)という美人の歌が歌われている。高橋虫麻呂には、このように地方の歌や地方の伝説に取材した歌が多い。

 

第10巻2201

遠妻と 手枕交へて 寝たる夜は 鶏がねな鳴き 明けば明けぬとも

 

とほづまと たまくらかへて ねたるよは とりがねななき あけばあけぬとも

意味: 

遠く離れている妻(織女星)と 手枕を交えて 寝た夜は ニワトリよ鳴かないで 夜が明けても構わないから

作者: 

柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそんひとまろ) この歌の近くには、柿本人麻呂が作った七夕にまつわる歌が100首近く続く。彦星と織女星関係の表現の多さに驚きます。

第11巻2800

暁と 鶏は鳴くなり よしゑやし ひとり寝る夜は 明けば明けぬとも

 

あかときと かけはなくなり よしゑやし ひとりぬるよは あけばあけぬとも

意味: 

夜明けだよと ニワトリは鳴く どうでもなれ ひとり寝る夜は 明けようが明けなくとも 

作者:この歌の作者は不明です。この歌では、「は鳴く」を「かけはなく」と読んでいますが、当時はニワトリのことをカケとよんでいました。

 

 

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